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世界文化遺産 厳島神社

厳島神社の歴史と背景

太古の時代から、宮島の景観には人々が霊気を感じ、山などを御神体として祀り、信仰の対象にしていました。社殿は、推古天皇即位元年(593年)に創建されたと伝えられています。厳島神社は仁安3年(1168年)のころに時の権力者である平清盛の造営により現在みられる壮麗な社殿群の基本が形成されました。この社殿群の構成は、平安時代の文化を取り入れた優れた建築景観となっています。

大鳥居

 

海上に立地し、背景の山容と一体となった景観は他に比類がなく、平清盛の卓越した発想によるものであり、彼の業績を示す平安時代の代表的な資産のひとつになっています。 日本の風土に根ざした宗教である神道の施設であり、仏教との混交と分離の歴史を示す文化資産として、日本の宗教的空間の特質を理解する上で重要な根拠となるものです。

大鳥居

 

大鳥居(国重文)

厳島神社の朱丹の大鳥居は、観光日本のシンボルとして外国にも広く知られている。 鳥居の形式は、四脚造りで、楠の自然木を使った典型的なものである。 平安時代の記録では、鳥居はあったことになっているが、形式はどのようであったかは不明。 今の鳥居は平安時代から8代目で、明治7年10月17日に建立にかかり、 明治8年7月に完成したもの。

大鳥居

 

本社本殿(国宝・平安時代)

祭神 - 市杵島姫命 田心姫命 湍津姫命

桁行正面8間、背面9間、梁間4間、一重両流れ造りの本殿は、屋根に神社の定番とも言える千木と鰹木を持たず、寝殿造りの様式である桧皮葺の屋根に瓦を積んだ化粧棟のスタイルを取り入れているところが大きな特徴。現在の建物は元亀2(1771)年、毛利元就によって改築されたもの。

大鳥居

 

平舞台(国宝・平安時代)

本社正面前に広く張り出された露台で、広さは167.6坪、前方には火焼前と呼ばれる突き出た所があり、管絃祭の出御・還御はここから行われます。正面には朱色の大鳥居と青い海、対岸の山々の緑が鮮やかなコントラストを見せ、海の上に立っていることを改めて実感させられます。ここを支える塚石は毛利元就の寄進といわれ、火焼前分と合わせると239本あります。

 

高舞台(国宝・平安時代)

平舞台の中央にある舞楽を演ずる舞台です。高欄真々正面17尺2寸、側面21尺。現在のものは天文15年(1546)の造営です。天正年間(1573~1591)の頃は舞楽のあるたびに組み立てて平舞台の中央に置く組み立て式になっていましたが、その後元和年間(1615~1623)の頃までに平舞台の一部をくり抜き、現在のように作り付けの構造になったといわれます。舞楽の舞台としては最小のものだそうです。

 

能舞台(国重文・江戸時代)

桁行1間、梁間1間、一重切妻造り、妻正面、桧皮葺の能舞台は、海上に建っているため、通常能舞台の床下に置かれている共鳴させるための甕がなく、床は響きをよくするため一枚の板のようになっています。床板は間隔を広くとった根太(床板を受ける横木)と井桁に組まれた大引(根太を受ける板)の上に置かれているため、床が太鼓の皮のような役割を果たし、足拍子のたびに大きく共鳴して響きます。また、潮の満ち引きによって響きの音色が変わるのも、全国で唯一の海に浮かぶ能舞台ならではといえます。

大鳥居